Staging Tool

ST-SCRIPT-001 / 作:亜郎

7人推奨・6〜8人対応 / 約25〜35分(暫定)

本番、あと17分。

文化祭公演、本番17分前。
主役がいない。

正式正本 v1.1

印刷する場合はブラウザーの印刷機能をご利用ください。

登場人物

ミナト
この公演の舞台監督を担当する生徒。全体を進行する。冷静に見えるが、内心ではかなり焦っている。

ユイ
出演者。リツの親友。リツは必ず来ると信じている。

ハル
出演者。リツの代役候補。軽口が多いが、自分が代役として舞台に立つことには不安を感じている。

ナナ
演出を担当する生徒。現実派。今できることを考え、公演を成立させようとする。

ソウ
音響を担当する生徒。少しズレているが、周囲をよく見ている。

アキ
舞台・大道具を担当する生徒。口数は多くない。本番直前まで壊れかけた机と格闘している。

リツ
出演者。この公演の主役。

※性別・名前は、上演団体に合わせて変更可。


第1場 いない。

【開演17分前】

薄暗い舞台袖。

舞台上には、本番で使用する机と数脚の椅子。

客席側から、開場中のざわめきが聞こえる。

アキは机の下に潜っている。

ソウはヘッドホンを片耳にかけ、音響機器を操作している。

ナナは台本を確認。

ハルは落ち着かず、廊下の方を何度も見る。

ユイはスマートフォンを握っている。

ミナト、時計を見る。

間。

ミナト「……リツは?」

誰も答えない。

ミナト「リツは?」

ユイ「来る。」

ミナト「質問を変える。」

ユイを見る。

ミナト「リツは?」

ユイ「来る。」

ミナト「現在地を聞いてる。」

ユイ「……まだ。」

ミナト「どこ。」

ユイ「分かんない。」

ミナト「連絡は?」

ユイ「してる。」

ミナト「返事。」

ユイ「ない。」

ミナト「既読。」

ユイ「つかない。」

ミナト「電話。」

ユイ「出ない。」

間。

ハル「完璧じゃん。」

ミナト「何が。」

ハル「情報が一個もない。」

ナナ「最後に連絡取れたのいつ?」

ユイ「昨日。」

ナナ「何時?」

ユイ「夜。」

ナナ「何時。」

ユイ「……九時くらい。」

ナナ「そのとき何て?」

ユイ「普通。」

ナナ「普通って何。」

ユイ「普通は普通だよ。」

ナナ「だから何て言ってたの。」

ユイ「明日よろしく、って。」

ハル「よろしくされてないな。」

ユイ「来るって!」

ハル「俺に怒るなよ!」

ガタン。

机が傾く。

全員、机を見る。

机の下からアキの顔。

アキ「……誰。」

ミナト「何が。」

アキ「これに座ったやつ。」

全員「…………。」

アキ「誰。」

ハル「机って座るものじゃないよね。」

アキ「知ってる。」

ハル「じゃあ大丈夫。」

アキ「大丈夫じゃないから聞いてる。」

ハル「俺じゃない。」

アキ「まだお前とは言ってない。」

ハル「先に潔白を証明した。」

アキ「余計怪しい。」

ナナ「直る?」

アキ「直してる。」

ナナ「あと何分?」

アキ「そういう質問が一番嫌い。」

ミナト、時計を見る。

ミナト「十七分。」

アキ「もっと嫌い。」

ソウ「あ。」

全員、ソウを見る。

ソウ「違う。」

ミナト「何が。」

ソウ「曲。」

ナナ「……何が?」

ソウ「オープニング。」

ナナ「だから何が?」

ソウ「違う。」

ナナ「何と。」

ソウ「本番で使うやつと。」

沈黙。

ミナト「何が入ってる。」

ソウ「去年の文化祭。」

ハル「やろう。」

ナナ「やらない。」

ハル「意外とバレない。」

ナナ「作品が違う!」

ハル「斬新な演出として。」

ナナ「ミュージカルの冒頭に怪談のSE流して何が斬新なの!」

ソウ「逆。」

ナナ「何が!」

ソウ「去年がミュージカル。」

間。

ハル「じゃあ今年の怪談に去年のミュージカル。」

ソウ「そう。」

ハル「楽しそうじゃん。」

ナナ「楽しくない!」

ミナト「本番データは?」

ソウ「ある。」

全員、一瞬ほっとする。

ソウ「家に。」

全員「家!?」

ソウ「USBごと。」

ナナ「なんで!?」

ソウ「昨日、確認したから。」

ナナ「確認したものをなんで家に置いてくるの!」

ソウ「確認したから安心した。」

ハル「人間って安心すると忘れるからな。」

ナナ「お前は黙って!」

ミナト「バックアップ。」

ソウ「クラウド。」

ミナト「取れる?」

ソウ「たぶん。」

ミナト「たぶんじゃなくて。」

ソウ「Wi-Fiが。」

ミナト「何。」

ソウ「弱い。」

全員、天井を見る。

ハル「学校。」

アキ「学校だな。」

ユイ「学校だね。」

ナナ「なんでそこだけ全員冷静なの!」

客席側のざわめきが少し大きくなる。

ミナト、舞台の方を見る。

ミナト「……予定より早くない?」

ナナ「先生が入れ始めた。」

アキ「舞台側、まだ準備中なんだけど。」

ハル「先生、強いな。」

ミナト「感心してる場合じゃない。」

ナナ「ミナト。」

ミナト「何。」

ナナ「代役。」

ハル「え?」

ナナ「ハル。」

ハル「え?」

ナナ「リツの台詞、全部覚えてるよね。」

ハル「…………。」

ナナ「ね?」

ハル「なんで俺を見る。」

ナナ「今、名前呼んだから。」

ハル「聞こえなかったことに。」

ナナ「ハル。」

ハル「二回目は聞こえた。」

ナナ「できる?」

ハル「何が。」

ナナ「リツ。」

ハル「人間はできない。」

ナナ「役!」

ハル「もっと無理。」

ユイ「必要ない。」

ナナ「ユイ。」

ユイ「リツは来る。」

ナナ「あと十七分。」

ユイ「十七分もある。」

ミナト「しかない。」

ユイ「ある。」

ミナト「しかない。」

ユイ「ある!」

ミナト「……分かった。」

時計を見る。

ミナト「じゃあ、来なかった場合の準備もする。」

ユイ「来るって。」

ミナト「来たら全部戻す。」

ユイ「…………。」

ミナト「来なかったら?」

ユイ「来る。」

ナナ「ユイ。」

ユイ「来るから。」

沈黙。

ガタン。

机がさらに傾く。

アキ「……来る前に机が死ぬ。」

暗転。


第2場 あと12分。

同じ場所。

ソウはデータのダウンロードを試みている。

ハルが後ろから覗く。

ハル「何パー?」

ソウ「七。」

ハル「さっきも七じゃなかった?」

ソウ「うん。」

ハル「止まってる?」

ソウ「動いてる。」

ハル「どっち。」

ソウ「気持ちは動いてる。」

ハル「データの話をしてる。」

ソウ「止まってる。」

ハル「終わった。」

ソウ「まだ七ある。」

ハル「七パーを財産みたいに言うな。」

ナナ「ハル!」

ハル「はい!」

ナナ「台本!」

ハル「はい!」

ナナ「リツのところ確認する!」

ハル「はい……。」

ユイは電話。

ユイ「……出て。出てよ。」

留守番電話。

切る。

もう一度かけようとする。

ミナト「ユイ。」

ユイ「もう一回。」

ミナト「電話鳴らしっぱなしだと、逆に出づらいかもしれない。」

ユイ「じゃあどうすればいいの。」

ミナト「メッセージ。」

ユイ「送ってる。」

ミナト「何て?」

ユイ「『どこ?』『みんな待ってる』。」

ミナト「…………。」

ユイ「何。」

ミナト「もう一個。」

ユイ「何て。」

ミナト「『大丈夫?』」

ユイ、一瞬止まる。

スマートフォンを見る。

入力。

送信。

ナナ「ハル、最初から。」

ハル「ここで?」

ナナ「ここで。」

ハル「心の準備が。」

ナナ「本番まで十二分。」

ハル「数字で殴るのやめてくれる?」

ナナ「いくよ。三、二――」

ハル「待って。」

ナナ「何?」

ハル「心の準備がまだ一。」

ナナ「知らない!」

アキ「始めれば。」

ハル「机の下から参加すんな。」

アキ「お前らがうるさい。」

ナナ「はい、やる!」

ハル「『……ねえ。聞こえる? この学校には、夜になると――』」

ナナ「違う。」

ハル「早い!」

ナナ「もっと普通に。」

ハル「普通に。」

ハル「ねえ。聞こえる? この学校には、夜になると――」

ナナ「違う。」

ハル「普通って何!」

アキ「いい質問だな。」

ハル「机を直せ!」

アキ「直してる!」

ソウ「八。」

全員「え?」

ソウ「ダウンロード。」

ハル「おお!」

ソウ「八パー。」

ハル「進んだ!」

全員、少し喜ぶ。

ナナ「喜んでる場合じゃない!」

ソウ「また七になった。」

ハル「戻ることある!?」

ユイのスマートフォンが震える。

ユイ、画面を見る。

動きが止まる。

ミナト「何?」

ユイ「……リツ見たって。」

全員、止まる。

ナナ「どこで?」

ユイ「校舎。」

ハル「広い。」

ミナト「いつ?」

ユイ「『さっき』。」

ハル「情報が全部でかい。」

ナナ「誰が見たの?」

ユイ「一年の子。」

ミナト「場所は?」

ユイ「……書いてない。」

ハル「惜しい。」

ユイ、すぐに返信を打つ。

ユイ「聞く。」

ミナト「頼む。」

ユイ、走り出そうとする。

ミナト「ユイ。」

ユイ「学校にいるんでしょ。」

ミナト「らしい。」

ユイ「探してくる。」

ミナト「待って。」

ユイ「なんで!」

ミナト「場所が分からない。」

ユイ「探せば――」

ナナ「ユイ。」

ユイ「何!」

ナナ「準備。」

ユイ「リツがいないのに?」

ナナ「いなくても。」

ユイ「…………。」

ナナ「いなくても、準備はする。」

ユイ「ナナは平気なの?」

ナナ「平気じゃない。」

ユイ「そう見えない。」

ナナ「平気じゃないから準備してる。」

沈黙。

ソウ「……八。」

誰も反応しない。

ソウ「また八になった。」

ハル「今はいい。」

ソウ「うん。」

ユイ、スマートフォンを見る。

ユイ「……学校にはいる。」

ミナト「うん。」

ユイ「じゃあ。」

間。

ユイ「なんで来ないの。」

誰も答えない。

暗転。


第3場 代役。

【開演約10分前】

アキが机を揺らす。

アキ「……よし。」

ハル「直った?」

アキ「たぶん。」

ハル「座っていい?」

アキ「座ったら壊れる。」

ハル「直ってないじゃん。」

アキ「だから座るなって言ってる。」

ソウ「二十三。」

ハル「おお!」

ソウ「パーセント。」

ハル「文明が来た。」

ソウ「場所変えた。」

機器を高く掲げる。

ハル「そこで?」

ソウ「ここだけ電波がいい。」

ハル「動くな。」

ソウ「うん。」

ナナ「そこで音出せる?」

ソウ「……出せない。」

ナナ「戻れ!」

ソウ「はい。」

ハル「文明終了。」

ナナ「ハル、続き!」

ハル「本当にやるの?」

ナナ「やる。」

ハル「リツ来るかもしれない。」

ナナ「来るかもしれないから、来なかった場合の準備をするの。」

ハル「避難訓練とか真面目にやるタイプ?」

ナナ「やる。」

ハル「だろうな。」

ナナ「頭から。」

ハル、定位置へ。

ハル「『ねえ。聞こえる? この学校には、夜になると――』」

ナナ「もう少し小さく。」

ハル「『ねえ。聞こえる?』」

ナナ「もっと怖がって。」

ハル「『ねえ……聞こえる……?』」

ナナ「違う。それだとお前が幽霊!」

ハル「注文が多い!」

ナナ「リツはできてた!」

空気が止まる。

ナナ「…………ごめん。」

ハル「いい。」

ナナ「今のは。」

ハル「俺、リツじゃないし。」

ナナ「分かってる。」

ハル「だったら同じにしようとすんなよ。」

間。

ナナ「……そうだね。」

ハル「俺がやるなら、俺がやるしかないだろ。」

ナナ「うん。」

少し間。

ナナ「じゃあ、ハルでやって。」

ハル「…………。」

ナナ「最初から。」

ハル「結局やるのかよ。」

少し笑い。

ハル、自分なりに。

ハル「ねえ。」

間。

ハル「聞こえる?」

ナナ、見る。

ハル「この学校さ。夜になると――」

ユイ「違う。」

ハル、止まる。

ユイ「リツはそんな言い方しない。」

ナナ「ユイ。」

ハル「いいよ。」

ユイ「全然違う。」

ハル「分かってる。」

ユイ「だったら――」

ハル「じゃあどうすればいいんだよ!」

沈黙。

ハル自身も驚く。

ハル「……ごめん。」

間。

ハル「でも俺だって怖いんだけど。」

誰も言葉を挟まない。

ハル「急に主役やれって言われて。」

笑おうとする。

ハル「無理だろ、普通。」

台本を見る。

ハル「失敗したら。」

少し間。

ハル「『やっぱリツじゃなきゃ』ってなるじゃん。」

ユイ「そんなこと――」

ハル「なるよ。」

ユイ、止まる。

ハル「俺もそう思うもん。」

間。

ハル「だから。」

台本を閉じる。

ハル「来るなら早く来いよ、リツ。」

沈黙。

ソウ「ハル。」

ハル「何。」

ソウ「俺はハルでもいいと思う。」

ハル「『でも』って言うな。」

ソウ「あ。」

ハル「そこは『ハルがいい』だろ。」

ソウ「それはまだ分からない。」

ハル「正直すぎる!」

少し笑い。

アキ「俺も。」

ハル「どっち。」

アキ「まだ分からない。」

ハル「お前ら!」

ユイのスマートフォンが震える。

全員、見る。

ユイ、画面を確認。

ハル「リツ?」

ユイ「……違う。」

息を吐く。

ユイ「さっきの子。」

ミナト「何て?」

ユイ「見た場所、分からないって。」

ナナ「分からない?」

ユイ「友達から聞いたって。」

ハル「情報が遠くなった。」

ユイ、画面を見たまま。

ユイ「……でも。」

ナナ「何?」

ユイ「昨日。」

間。

ユイ「リツ、変なこと言ってた。」

暗転。


第4場 昨日。

【開演8分前】

前場から続く。

ミナト「何て?」

ユイ「帰るとき。」

間。

ユイ「『明日、私が来なかったらどうする?』って。」

ハル「…………。」

ナナ「それで?」

ユイ「私。」

苦笑する。

ユイ「『来ればいいじゃん』って。」

誰も何も言わない。

ユイ「笑った。」

間。

ユイ「何言ってんの、って。」

ハル「まあ……。」

ユイ「普通そう思うでしょ?」

ハル「うん。」

ユイ「昨日も普通だったし。」

ハル「普通だった?」

ユイ「……たぶん。」

ハル「さっきから、その『たぶん』多くない?」

ユイ「だって。」

間。

ユイ「普通って、後から考えると分かんなくなるじゃん。」

ハル「…………。」

ユイ「昨日は普通だったって思ってた。」

スマートフォンを見る。

ユイ「でも今日来ないと。」

間。

ユイ「あれも変だったのかなとか。」

「こっちも変だったのかなとか。」

「全部そう見えてくる。」

ミナト「それ、昨日分かる?」

ユイ、見る。

ミナト「昨日のユイに。」

ユイ「……分かんない。」

ミナト「俺も分かんない。」

間。

ユイ「ちゃんと聞けばよかったのかな。」

ミナト「それも。」

間。

ミナト「昨日は分かんないよ。」

ユイ「…………。」

ハル「俺だったら『じゃあ俺も休む』って言う。」

ナナ「最悪。」

ハル「だから俺に相談しなくて正解。」

ユイ、少し笑う。

アキ「でも。」

全員、見る。

アキ「来てるんだよな。」

ユイ「うん。」

アキ「学校には。」

ミナト「たぶん。」

アキ「なら。」

少し考える。

アキ「帰ってはいない。」

ハル「お前たまに良いこと言うな。」

アキ「それ普通のこと。」

ハル「今ちょっと感動したのに。」

ソウ「俺も言う。」

ハル「張り合わなくていい。」

ソウ「…………。」

考える。

ソウ「思いつかなかった。」

ハル「なんなんだよ!」

少し笑い。

ミナト、時計を見る。

ナナ「何分?」

ミナト「……あと四分。」

空気が止まる。

その瞬間。

ユイのスマートフォンが震える。

ユイ、見る。

止まる。

ハル「……リツ?」

ユイ「…………。」

ミナト「ユイ。」

ユイ「……既読。」

全員、止まる。

ナナ「返事は?」

ユイ、画面を見る。

間。

ユイ「……ない。」

長い沈黙。

ナナ、台本を閉じる。

ナナ「決めよう。」

暗転。


第5場 あと4分。

ナナ「探すの、やめよう。」

ユイ「え?」

ナナ「今は。」

ユイ「既読ついたんだよ!」

ナナ「うん。」

ユイ「近くにいるかもしれない。」

ナナ「うん。」

ユイ「だったら――」

ナナ「ユイ。」

間。

ナナ「探すことと、本番は別。」

ユイ「別じゃないよ。」

ナナ「別にしないと始められない。」

ユイ「リツがいないのに?」

ナナ「…………。」

ユイ「主役だよ。」

ナナ「分かってる。」

ユイ「半年やったんだよ。」

ナナ「分かってる。」

間。

ナナ「だから。」

ユイを見る。

ナナ「始める。」

沈黙。

ナナ「半年やった。」

「台本決めて。」

「配役して。」

「稽古して。」

「喧嘩して。」

ハル「したね。」

ナナ「お前が台詞覚えなかったから。」

ハル「今それ言う?」

ナナ「大道具作って。」

アキ「壊されて。」

ハル「俺じゃない。」

アキ「まだ名前言ってない。」

ナナ「音作って。」

ソウ「家に置いてきて。」

ナナ「それは反省して。」

ソウ「はい。」

少し笑い。

ナナ「リツもやった。」

間。

ナナ「だから始める。」

ユイ「…………。」

ナナ「来たら戻す。」

ユイ「本当に?」

ナナ「本当に。」

ナナ、ハルを見る。

ハル「俺を見るな。」

ナナ「ハル。」

ハル「さっきちょっと格好いいこと言ったけど。」

ナナ「お願い。」

ハル「本当に?」

ナナ「本当に。」

ハル、ユイを見る。

ハル「ユイ。」

ユイ「何。」

ハル「俺がやってもいい?」

ユイ「…………。」

ハル「リツにはならない。」

ユイ「うん。」

ハル「そこは否定してくれよ。」

ユイ「ごめん。」

ハル「傷つくなあ。」

少し笑い。

ハル「でも。」

台本を見る。

ハル「今日、この役をやる人が必要なら。」

間。

ハル「やる。」

ユイ「怖いんじゃなかったの。」

ハル「怖いよ。」

間。

ハル「でも四分じゃ逃げる場所探す時間もない。」

ナナ「そこ?」

ハル「大事。」

ミナト「決める。」

全員を見る。

ミナト「ハルでいく。」

ユイ、スマートフォンを見る。

既読。

返事はない。

長く息を吐く。

ユイ「……うん。」

ミナト「ありがとう。」

ユイ「リツが来たら。」

ミナト「戻す。」

ユイ「絶対?」

ミナト「絶対。」

ハル「俺は?」

ミナト「降りる。」

ハル「早いな!」

ミナト「代役だから。」

ハル「もうちょっと惜しんで。」

ユイ、少し笑う。

ミナト、時計を見る。

ミナト「三分。」

全員の顔が変わる。

ミナト「本番準備。」

全員「はい。」

一斉に動く。


第6場 スタンバイ。

【開演1分前】

それまでとはテンポが変わる。

慌ただしさが消えるわけではない。

しかし、誰も余計なことをしなくなる。

アキ、机を本番位置へ。

椅子を確認。

机を軽く揺らす。

止まる。

もう一度。

アキ「……よし。」

ミナト「舞台上は?」

アキ、確認。

アキ「クリア。」

ソウ「データ来た。」

全員「え!?」

一瞬だけ元に戻る。

ソウ「百パー。」

ハル「文明!」

ナナ「確認!」

ソウ、データを見る。

ソウ「……今年の。」

ナナ「本当に?」

ソウ「怪談。」

ハル「ミュージカルじゃない?」

ソウ「踊りたい?」

ハル「嫌だ。」

ソウ「じゃあ大丈夫。」

ナナ、ハルの衣裳を直す。

ナナ「襟。」

ハル「ありがとう。」

ナナ「最初の台詞。」

ハル「『ねえ。聞こえる?』」

ナナ「次。」

ハル「『この学校には、夜になると――』」

ナナ「よし。」

ハル「それだけ?」

ナナ「何が。」

ハル「さっきまであんなに違うって。」

ナナ「本番だから。」

ハル「…………。」

ナナ「大丈夫。」

ハル「……うん。」

ユイは廊下を見る。

スマートフォンを見る。

返事はない。

ミナト「ユイ。」

ユイ「分かってる。」

スマートフォンをしまう。

ユイ「行く。」

アキ「ハル。」

小道具を渡す。

ハル「危な。」

アキ「なくすなよ。」

ハル「はい。」

ミナト、時計を見る。

ミナト「一分前。」

全員、それぞれの位置へ。

ここからは、間を恐れない。

ミナト「舞台。」

アキ「はい。」

ミナト「音響、オープニング。」

ソウ「スタンバイ。」

ミナト「役者。」

ユイ「はい。」

ハル「……はい。」

ミナト、全員を見る。

ミナト「大丈夫?」

ハル「今聞く?」

ミナト「一応。」

ハル「全然。」

ユイ「私も。」

ソウ「俺も。」

アキ「机は大丈夫。」

ナナ「そこだけ?」

アキ「俺の担当だから。」

少し笑い。

ミナト「俺も全然。」

ハル「お前が言うなよ。」

ミナト「でも。」

舞台を見る。

ミナト「やろう。」

間。

ナナ「うん。」

ユイ「うん。」

ハル「はい。」

ソウ「はい。」

アキ「はい。」

ミナト「スタンバイ。」

空気が変わる。

ユイ、一度だけ廊下を見る。

誰もいない。

前を向く。

開演ベル。


第7場 0分。

開演ベルが終わる。

客席が静かになる。

静寂。

ミナト、時計を見る。

0分。

時計から目を上げる。

舞台を見る。

一呼吸。

ミナト「本番、いきます。」

その瞬間。

袖のさらに奥から。

リツ「待って。」

全員、止まる。

ユイが振り返る。

ユイ「…………遅い。」

リツ「……ごめん。」

ユイ「遅い!」

リツ「ごめん。」

ユイ「どこにいたの!」

リツ「…………。」

ユイ「リツ。」

リツ「……そこ。」

ユイ「そこって?」

リツ「階段。」

ユイ「階段?」

リツ「うん。」

ユイ「いつから?」

リツ「…………。」

ユイ「ずっと?」

リツ「……うん。」

沈黙。

ハル「近っ。」

ナナ「ハル。」

ハル「ごめん。」

アキ「こっちは机まで壊れた。」

リツ「……なんで?」

アキ「俺が聞きたい。」

ハル、吹き出す。

空気が少しほどける。

リツ、ハルを見る。

リツ「……その衣裳。」

ハル「見るな。」

リツ「私の?」

ハル「見るなって。」

少し笑い。

ユイ「リツ。」

リツ「何。」

ユイ「来られなかった?」

リツ「…………。」

リツ「うん。」

ユイ「なんで。」

リツ「…………。」

長い間。

リツ「分かんない。」

ユイ「…………。」

リツ「来るつもりだった。」

間。

リツ「ここまで来た。」

「でも。」

言葉が続かない。

ユイ「怖かった?」

リツ「…………うん。」

沈黙。

ミナト「リツ。」

リツ「はい。」

ミナト「俺も怖いよ。」

リツ「え?」

ミナト「さっきからずっと。」

ハル「俺なんか急に主役やらされるところだったんだけど。」

ユイ「私はリツが来ないから怖かった。」

ソウ「俺は音が出るかが。」

アキ「それはお前が悪い。」

ソウ「うん。」

少し笑い。

ミナト「リツ。」

リツ「はい。」

ミナト「できる?」

長い間。

リツ「…………。」

リツ「……怖い。」

ミナト「そっか。」

沈黙。

ミナト「じゃあ。」

みんなを見る。

ミナト「一緒に行こう。」

長い間。

リツ、小さく息を吸う。

リツ「……うん。」

ハル「じゃあ俺は?」

ミナト「降りて。」

ハル「やっぱり!」

ナナ「早く着替えて!」

ハル「四分で着たんだぞ!」

アキ「脱ぐ方が早い。」

ハル「そういう問題!?」

ソウ「音は?」

ミナト「そのまま。」

ソウ「了解。」

ナナ「リツ、最初の台詞。」

リツ「……たぶん。」

ナナ「たぶん禁止!」

ハル「俺も言われた!」

リツ「じゃあ、覚えてる!」

ナナ「よし。」

全員が動き始める。

最初のような混乱ではない。

それぞれが、自分の場所へ向かう。

ユイ、舞台へ出る直前に振り返る。

ユイ「リツ。」

リツ「何?」

ユイ「行こ。」

間。

リツ「……うん。」

二人、舞台へ向かう。

ミナト、舞台を見る。

ソウを見る。

アキを見る。

ナナを見る。

役者を見る。

最後に時計を見る。

開演時刻は、もう過ぎている。

ミナト、時計から目を離す。

一呼吸。

ミナト「本番、始めます。」

オープニングSE。

暗転。

――幕――

上演補足

本作は7人での上演を推奨する。

6人で上演する場合は、リツを舞台袖からの声のみとし、出演者・スタッフによる兼役等で上演する方法が考えられる。ただし、第7場はリツと他の人物が同じ空間にいること自体が演出上重要なため、可能であれば7人での上演を推奨する。

8人で上演する場合は、照明担当、制作担当、舞台部員などを追加することができる。

性別および役名は、作品の内容を損なわない範囲で変更可。

大道具は机1台、椅子数脚を基本とする。

実際に机を破損させたり、不安定な机を使用したりする必要はない。安全な演技・仕掛けによって「壊れかけている机」を表現すること。

音響機器は実機でなくてもよい。ノートPC、タブレット等の小道具で表現できる。

本作は「舞台袖」を主な舞台としているが、実際の舞台袖を使用する必要はない。

舞台上に仮想の舞台袖を作り、客席方向または舞台奥などを「劇中でこれから公演が行われる舞台」と設定して上演できる。

第7場のリツは、恐怖や不安を完全に克服した人物として演じる必要はない。

「怖くなくなったから舞台へ行く」のではなく、最後まで怖さを残したまま舞台へ向かう。

ただし、この意味を台詞で説明する必要はない。

著作権・利用について

作:亜郎 / 製作・著作:Staging Tool。利用フリーですが、著作権は放棄していません。

性別・役名の変更や人数の調整については、正本の「上演補足」をご確認ください。その他の改変、有料・商用公演、動画撮影・配信、再配布等の詳細な共通利用条件は未確定です。

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